ウルトラたマン通信 第38号 (2005年2月1日発行)糸満宗家と旧正月糸満の元家というのは必ずどこかから来ています。字糸満には、40以上の門中があります。その中でももっとも古い、字糸満に一番最初に住みついたと門中は根人腹(ニーチュバラ)門中です。その宗家である金城康彦さん(91歳)に旧正月についてお話をお伺いしました。 根人腹(ニーチュバラ)門中とは
金城さんの祖先(初代)は島尻按司(大名)の子、百名三良(上里真三良)です。その方が字与座(当時は高嶺間切与座村)に住み、その後三良の息子・糸満満子(マンクー・2代)が今の6区あたりに住み漁業を営みます。その後現在のところにお住みになったようです。 ある学者が1代20年と言っていますが、そう考えると金城さんは20代目ですので、400年以上の歴史のある門中ということになります。 金城さんの祖先の百名三良は、与座泉水高嶺間切与座村誌(昭和57年2月発行)に与座村でガンを作るときに指導者となったと記されています。 旧1月1日は、門中の先輩達に年始の挨拶で回ります。旧正月の時には先祖のお墓のある字与座・玉城村にも行きます。また、初川御水撫り(ハチカーウビナディー)をします。白銀堂を拝みにいきます。門中にはアタイというのがいてその方々が集まって拝みをします。白銀堂に対してお礼方々、今年もよろしくということで行われます。 旧1月2日神念頭では、門中の方々がさかづきをしにきます。その日はお客さんがいっぱいで身動きもできないんです(笑)。別の5〜6の門中の方もいらっしゃいます。きっと、白銀堂の村行事の場合にノロと金城家が行いますので、そのお礼のようなものじゃないでしょうか。一年中の 根人と白銀堂の関係白銀堂と根人腹門中とはどんな関係があるのか尋ねてみました。 ―金城さん宅の掛け軸に白銀堂由来記があります。その中に糸満満子の「イジヌンジラティヒキ、ティヌンジライジヒキ」の物語が記載されており、村中の尊敬を受けた糸満満子は、「そのお嶽(ウタキ)と諸木と共に代々白銀岩をの管理することを与えられる。毎月15日の掃除やお飾り、とくに御香炉の取替え仕立てについては満子家がやることを永々忘れなきよう」と記されています。そのことから白銀堂のウガンスが金城家自宅の敷地内にある理由が伺えます。ウガンスには、白銀堂の御香炉と南山・中山・北山・玉城・満子とウマチーのときに金城家が使用する御香炉があります。白銀堂の火の神もあります。
《編集後記》今回は、根人腹門中についてご紹介しました。白銀岩の由来は他にもあるのですが、皆さんはどう思われますか?また、小正月・グソー正月など知ってらっしゃる方はたまんまでご連絡ください。金城さんには他にも今帰仁ウマチーの話、ニーセーユーエーの話、大漁祈願についても教えて頂きましたがその話はまたいつか・・・。金城さんご協力ありがとうございました。(山城 真紀) |
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
[お詫びと訂正]
先月号(第37号)の裏、番組紹介で「島ちゃんの奄美島唄ジョッキー」をご紹介しましたが、一部誤りがありました。ここでお詫びと訂正をさせていただきます。 |
|
||||||||||||
|
|||||||||||||