ウルトラたマン通信 第35号 (2004年11月1日発行)
シロータルガニーとマランラルー
糸満市内にはたくさんの城跡があります。その一つ、字名城のフェンサグスクに伝わるお話を一つしましょう。シロータルガニーの直系(子孫)である仲原勇さんにお話をお伺いしました。そして、『百年の歩み』という文献を参考に作成しました。

仲原 勇さん |
フェンサグスクを築いたタルサマは子宝に恵まれました。子供にトビヘンサがいます。話は、その子供のシロータルガニーの青春時代にさかのぼります。
ある日のこと、チョンダラーたちが、自分のことを何か言っている気配がしたので、「君たちは今何と言ったか。」と、言いました。シロータルガニーが身分の高い人だったので、チョンダラーたちはびっくりしながら、おそるおそる近づいて話しました。「あなたのンチャギー(容姿)とつりあいのとれる女(ひと)は勝連の浜川殿内のマランラルーしかいないと言いました。」その話を聞いたシロータルガニーは馬に乗って、遠い勝連の浜川殿内に向かいました。
浜川殿内には、チョンダラーが話していたように美女のマランラルーがいました。シロータルガニーが帰り際に、マランラルーが次のことを話しました。「次においでになる時は二頭の馬に鞍を一つかけて乗って来て下さい。」このことは、マランラルーがシロータルガニーの知恵をためすための一つの策略でした。シロータルガニーはこの問題をどう解けば良いか、とても悩みました。そこで隣人の知恵者の老婆に聞いてみることにしたのです。老婆は「これは簡単な問題ですよ。妊娠している馬に鞍をかけて乗って行きなさい。」といとも簡単に教えてくれました。シロータルガニーは早速教えられた通りにして行きました。マランラルーの問題は、この方法で解決したのですが、一問が解けたのも束の間、また難問が出されました。今度はシロータルガニーの前に次の三品が出されました。「シーグ(小刀)ワン(茶碗)ダキ(竹)」の三品でした。この意味が解けず困ったシロータルガニーはまた老婆に教えてもらいました。老婆はこれまたおやすいご用ですと、「シーグ、ワンダキ。(すぐに私を抱いてよろしい。)という意味だよ。」と教えてくれました。このようにして、二人はめでたく結ばれました。

仲原さん宅にある先祖の位牌。「四郎樽金」「マランラルー」の名がある。 |
シロータルガニーがマランラルーに恋をして勝連へ通っている時に、満ち潮をうらんで歌った歌『勝連節』があります。「勝連ノ島ヤ カユイブシャアシガ ワナマジョノウスヌ キアイアグディ」当時は勝連への道はなく、おそらく干潮時に海から馬に乗って行ったことでしょう。シロータルガニーはマランラルーを妻にすることの条件として、浜川殿内の家臣となり、勝連に住みつき、子孫も繁栄したとのこと。その後500〜600年以上経ってから、シロータルガニーとマランラルーの遺骨と、直系(仲原さんの祖父が十五歳の時)が名城の大殿内に帰ってきました。シロータルガニーの御霊は名城のヘンサグスクの一角にある按司墓に今も永遠に眠っています。
子孫の仲原さんのお宅にお邪魔したのですが、シロータルガニー、マランラルー、トビヘンサ、タルサマの位牌がありました。本当に存在した方なんだと感動しました。また、ヘンサグスクの名前の由来は二代目のトビヘンサのあだ名が足が速いということで、ヘンサグヮー(ハヤブサ)と言われていました。そのヘンサグヮーが有名だったため、付けられました。仲原さんはハーク(百歳)オバーという方に、小さい頃から聞かされていたのだとおっしゃっていました。
今回の御協力、本当にありがとうございました。
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